最近の日記の賜物なのか、僕の内から染み出てくるような優しさからなのか、
すっかり僕もここでは「変態」「キモアニメオタ」などのレッテルを張られ、
結果的に、初めて読む方はもちろん、女性読者が根こそぎ消え去るという事態へ。
それどころか昔から読んでる読者でさえ「妄想乙www」と早々に見限り、
僕を見捨てていく。そして目に見えて激減するコメント、ランキング、訪問者。
それとともに急に症状を悪くし倒れる母・・・。
「なんとか!なんとか母さんを助けてやって下さい!」
「ココまで悪化すると・・・難しいですね・・・最善は尽くしますよ・・・。」
そんな馬鹿な。母さんは元気だ。悪化してる?そんなはずがない。
急いで、病室へ向かい、平静な面持ちで中へと入った。
僕が、僕が今不安な顔をしたらきっと母さんにも伝わってしまうだろう。
平静に。平静に。自分に必死に言い聞かせながら。
「あぁ!減ってるうう!訪問者数が減ってるううう!ごほげほグハッ」
たしかに・・・症状が酷く悪化している。原因はいうまでもない。
「母さん・・・もうやめるんだよ・・・あんな嘘だらけのブログは・・・」
小さい頃から子育てにかんして、母は異常なほど熱心であった。
たくさんの習い事や塾へ我が子をいかせるのに余念はなかったし、
その教育費を練りだす為に生活費を削ることさえもままあることだった。
「このままじゃ餓死して死ぬ事になるぞ!」
父親がうわ言のようにぶつぶつ言い出したのもこのからであった。
決して裕福な家ではなかったため教育費の予想以上の圧迫に苛立つ気持ちもわかる。
しかしそんな父の苛立ちも母にとっては邪魔以外の何者でもなかったらしい。
ある日玄関のほうでけたたましい悲鳴が聞こえた。恐る恐る駆け寄ると、
急いで何かを物陰に隠して出てくる母さんの姿があった。
一瞬悪夢のような最悪の状況を想像してしまった僕は、恐る恐る尋ねた。
「父さんはどこ?」
刹那、明らかに困惑の表情を見せたあとまたすぐに元の顔に戻り、
「お父さんはね・・・パチンコにいったのよ」とさとすように言った。
「へえ・・・そうなんだ。」父さんはパチンコなんてしないのに。
それから二度と父さんは帰ってこなかった。
母さんはそれからたびたび一人で泣いているようであった。
まるでなにかを悔やむように。
僕はと言えばもともとそれほど口数は多いほうではなく、
なんとなくあれ以来ほとんど母さんと口を聞かなくなってしまっていた。
それも母さんにはひどく堪えていたらしい。
その頃から、ちょくちょく病院にも行きだした母さん。
体は目に見えてげっそりとなっていき、お世辞にも顔色だってよくはなかった。
こんなとき息子としてかけるべき声があるのだろうが、
僕にはもうどうやって母さんと会話をすればいいのか分からなくなっていた。
何を喋ればいいのか分からない。なんていってあげればいいのかも分からない。
このどうしようもないわだかまりをぶつけたくて僕はブログをはじめた。
最初はただただ愚痴を綴るブログであったが、なかなか訪問者が増えない。
なんで・・・どうして何もうまくいかないんだ。
何を思ったか、僕は母さんに相談をした。実に久しぶりの会話であった。
最初母さんは目をぱちぱちさせ、こっちをただただ見るだけであった。
よほど驚いていたらしい。それから言葉をかみ締めるように助言をしてくれた。
母さんが言ったとおり、愚痴なんかじゃなく日常を面白おかしく書く日記にしてみた。
その日にあったこと。面白かった友達との会話。無我夢中で書いた。
少しずつアクセス数が増えだすと、そのたびに母さんは喜び、僕も嬉しかった。
相変わらず母さんと何を話せばいいのか分からない僕だったけれど、
毎日の日記を見れる、それだけでいい、と母さんは嬉しそうに言った。
しかしそれも年月が経てば、ただの足枷にしか思えなくなってきた。
毎日毎日面白いことなんてあるはずがない。それでも母さんが楽しみにしてるからと、
無理やり僕は書き続けた。時にありもしないでたらめな出来事だって書くようになった。
逆に本当のことはどんどん書けなくなっていった。
これを書いたら、あれを書いたら・・・母さんに怒られるんだろうな。
先生に怒鳴られた、なんて書けば母さんは血相変えて学校へ乗り込みそうだ。
友達と遊んだ、なんて書けばそいつが僕にふさわしい友達か品定めするに違いない。
いつの間にか、もう本当のことなんてかけなくなってしまった。
ぼくはある日吹っ切れありのままの自分を書くようになった。
『あの子パンツ何色なのかな\(^o^)/まさかの勝負パンツ?』
僕は吐けるだけの欲望をすべて吐き散らしたあとはきっぱりと
ブログをやめるつもりだったし、そう母さんに話した。
「もうやめようよ、俺・・・こんなのに頼らなくたって母さんを守っていくから。」
その直後だった、母さんが倒れたのは。
病室はカーテンで光をさえぎり、照明を落としていたため、
昼間なのに不気味なほど暗かった。
電気くらいつけようよ、と言ってみたが母はそれをかたくなに拒んだ。
「それよりランキングの順位は?日記はちゃんと書いてるの?」
ランキングに参加したのも最初は母さんからの提案だった。
一時期は母さんを喜ばすためにひどくランキングに貪欲な時期もあった。
しかしそれも今見れば、あまりにも哀れな行為にしか思えなかった。
だからとっくの昔にランキングは脱退していたし、
日記だってこんな状況で書けるわけがない。そもそももうやめるのだから。
「母さん。あのね、散々いったけど、もうブログはやめるんだよ。
でもねそれは、これからその分たくさん母さんと
色々なことを話していこうと思ったからなんだ。」
「だめなんだよ・・・それじゃだめなんだよ・・・」
「何がだめなんだ!?もういいよ、あんたは何も分かっちゃいない。もう知らない。」
次の日母さんは最後の手紙を残して、この世を去った。
手紙には「わがままばっかりいってごめんなさい」と書かれていた。
それから医師に聞かされた。母さんが実は軽い記憶障害であったと。
その場その場では覚えていてもすぐに出来事を忘れてしまう、そんな症状だったらしい。
それを母さんはこっそりと医師にだけ打ち明け、
心配をかけないためか僕には言わないように口止めをしていたそうだ。
母さんはもう会話だけでは思い出を繋ぎ止められない身であった。
いつかいっていた「ブログはあなたの歴史がよく分かる」と。
母さんはブログによって僕の歴史を僕と共有していた。
たとえそれが偽りであっても。本心が丸出しであったとしても。
それが母さんにとっての僕の真実であり、それを知る唯一の手段でもあったのだ。
「分かっていないのは僕の方じゃないか・・・。」
もう涙を止める術がなかった。
あれから長い年月が過ぎたが、いまだに僕は日記を書いている。
思い出を、記憶を、軌跡を。未来へ繋いでいくために。
***
ということでつべこべ言わずにランクリよろしく(^O^)
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気持ち悪い文ですが即興なのでご勘弁><
時間が全然ないのだ。